日記

地雷を踏んだらサヨウナラ

高校野球最後の夏

17歳、甲子園の県大会予選で敗退したボクは抜け殻になっていた。ずっと野球をしてきたボクにとって夏の終わりと言うものは残酷だった。

なぜなら、ボクにとっての生きがいが高校野球だったから。そんなに強いチームじゃなかったけど小学校から本気でやってきた。休みとかも、なかった。それが、これから何をやっていいかわからない。うちの高校はほとんど人が国公立大を目指す進学校だったから周りはひたすら勉強していたけど、ボクは何をやっていいかわからなかった。

これからどういう大人になるんだろう。

ある日、勉強ばかりしている機械的な毎日が嫌だったボクは、教室で自習をしているクラスメイト全員むかって

「勉強ばっかしてんな!いつか頭おかしくなっぞ!」

て叫んで、その日の残りの授業は放棄した。冗談ぽく言ったけど半分は本心だった。ヤンキー1人もいないような高校なので言い返してくるヤツもいない。何で、そんなに勉強しなけりゃいけないんだ。。。その帰り道、むしゃくしゃしてたのでレンタルビデオ屋のアダルトコーナーでも覗き見したくなった。

制服だったので堂々と中に入れないけど、近くになっていてちょうどポスターとか覗けるので、しっかりたくさんのおねえさんたちのOPを目に焼き付けて、帰ることにした。

出口を出るまでのビデオの棚を見ながら歩いていると、ちょっお気になるジャケットの新作ビデオが出ていた。 

「地雷を踏んだらサヨウナラ」

これがボクとアンコールワットの出会いの始まりだった。

 

 

地雷を踏んだらサヨウナラ

地雷を踏んだらさようならと言う映画は、戦場カメラマンの一ノ瀬泰造さんの生涯を描いた作品。浅野忠信さんが主演の映画だ。

「あんたは本当に自分の人生を生きているのか?」

ビデオのジャケットに書いてあるこの文字は、これから何をしていいかわからない17歳のボクにとってはかなりの衝撃だった。

実際に映画の中で主人公のタイゾー(浅野忠信)がこんな言葉を言った。ちょっと恋仲であるレ・ファンというベトナム人の女性に、「タイゾーはどうしてそんなに(戦争で危険な)アンコールワットに行きたいのか?」と聞かれたとき、こう返した。

「日本から出てずっと探していた何かが…

アンコールワットに行けば全て解決するような気がするんだ。」

高校野球が終わってから何を探している自分に、このセリフが重なった。

 

ボクもアンコールワットに行ってみよう。

 

 

アンコールワット

21歳の2月。

ついにアルバイトとパチンコで貯めたお金で東南アジアを1ヵ月旅行することにした。その最大の目的は、アンコールワットに行くことだ。

大学生になっていたけれども、まだなんにも見つけられてなかった。だからこそ、自分があそこに行けば何か変わるかもしれない。以前見た、映像と重ねて僕はアンコールワットを目指した。

航空券だけ買って、宿は現地で調達。地球の歩き方と言うガイドブックだけ持ってリュックサックを背負った。

バンコクに入り、アンコールワットがあるカンボジアのシェムリアップに行くには、普通の旅行者は飛行機で行くらしい。でもお金を使いたくない僕は10ドル払ってボロッボロの超狭いマイクロバスでシェムリアップまで移動した。

朝7時にバンコクを出たのに、夜10時にシェムリアップに着いた。そして、アンコールワットすぐ近くの宿に宿泊した。

翌日、やっと憧れのアンコールワットを自分の目で見ることができた。

アンコールワットは、本当に素晴らしかった。こればかりは実際に行ってみないと伝わらないかもしれないけれど、本当にきれいだった。

なのに、

なのに、

なのに、

ボクは何も見つけられなかった。

 

タイゾーが、「アンコールワットに行けば探してた何かが全て解決する気がする」と言ったのに。

アンコールワットが綺麗な分、余計に虚しかった。

 

 

37歳の夏

最近、テレビを見ていたら突然アンコールワットが出てきた。

21歳のとき、旅をしたことを思い出した。

何かがみつかるかもしれないと、アンコールワットまで行ったこと。

そしてアンコールワットに行ったのはいいけど何も見つからなかったこと。

何も変わらなかったこと。

 

すると、あることに気づいたボクの目から

涙が出てきそうになった。

 

それは、

「あのとき21歳の自分が何か見つけようとアンコールワットを目指したこと、そして実際にアンコールワットまで行ったこと。」

その行動、その変化、それ自体が、当時ボクが見つけたかったモノだったかもしれないと思ったからだ。

自分でレンタルビデオを手に取り

自分でバイトでお金を稼ぎ

自分でチケットを手配して

自分で飛行機に乗って

自分で宿を探して

自分の足でアンコールワットに着いた

 

あの時は気づきなかったけど、あの時の「行動」は完全に今のボクの原点になっている。

カンボジアから帰国してサラリーマンをしていたボクは、常に満足することができなかった。サラリーマンは苦しかった。いくら働いてもお金は貯まらないし、労働時間は増えるばかり。何か変えないと、ボクが変わらないと…このままじゃ幸せになれない。ずっとそう思いを持って、行動を少しづつ少しづつ続けてきた。

自分で本を探して

自分で金持ち父さん見つけて

自分でお金貯めて

自分で物件探して

自分で不動産屋に問い合わせて

自分で銀行を探して

自分でハンコを押した

アンコールワットに行こうと決断した瞬間、ボクは行動出来るヒトになれていたんだと思う。そして、これからもそれは変わらないんだ。

 

アンタは本当に自分の人生を生きているのか?

地雷を踏んだらサヨウナラで、ベトナム人女性(美人)のレ・ファンがアンコールワットを目指すタイゾーにこんなことを言った。

 

私はカン・リーに憧れて歌手になるのが夢だった。

でも夢で終わるの。

今は弟たちのために働いている。

そして子供ができたとき。

母さん、本当は歌手になりたかったの。って言うの。

 

タイゾーは自分勝手よ。

自分勝手で自由で。

…。

だから応援したくなるのかもしれない。

 

ボクたちは、誰でもレ・ファンのように夢があった、そして夢を追い続けたいけど、いろんな理由があり諦めなければならなかった。才能だったり、お金だったり、その理由は様々だ。

ただ、

ただ、

夢は諦めても、他人に自分の人生を生かされたくない。

夢を諦めた後の人生も、自分の人生だ。

 

誰と一緒に暮らしたい

住みたいとこに住みたい

やりたいことをやりたい

 

時間は有限なのだ。

そのためにボクはこれからも行動し続ける。

自分の人生を生きるために。

タイゾー、がんばるね!

ABOUT ME
ケニー
・ゴルフ大家・不動産家賃年収1704万円(全31世帯)・中古アパート4棟・戸建賃貸2棟・趣味ゴルフ・ベストスコア75・ダイエット85.5㎏→78.7㎏成功・サラリーマン年収600万円